横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1018号 判決 1986年12月26日
原告 日本信販株式会社
右代表者代表取締役 山田洋二
右訴訟代理人弁護士 田辺尚
同 花村聡
右訴訟復代理人弁護士 石井夢一
被告 松浦治
右訴訟代理人弁護士 山本一行
主文
一 被告は、原告に対し、金四五二万七九〇〇円及びこれに対する昭和五七年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、主としてクレジットカード及びローンの取扱を業とする会社である。
2 被告は、横浜自動車センターの名称で個人として中古自動車の販売業を営んでいたところ、昭和五五年一〇月ころ、原告との間で、「日本信販オートローン」取扱契約を締結したが、その後昭和五六年五月一日、自動車の修理、販売を目的とする訴外マツウラ自販有限会社(以下「マツウラ自販」という。)を設立したことから、同年六月一六日、改めて原告との間で、会社として右オートローン取扱契約(以下「本件加盟店契約」という。)を結んだ。
3 ところで、前記オートローンの仕組は次のとおりである。すなわち、信販会社である原告とオートローン取扱契約を締結した小売店(以下単に「加盟店」という。)が顧客に自動車を販売した場合、原告は、顧客のためその販売代金に取扱手数料を加えた金員を一括して加盟店に支払い、顧客は、右立替販売代金(以下単に「立替金」という。)に利息を付加して原告に分割して支払うというものである。
4 ところで、被告は、前記のとおり自己が経営する横浜自動車センターやマツウラ自販が原告のオートローンの加盟店であることを利用して、第三者に金融を得させる目的で、真実は自動車を販売していないにもかかわらず、売買を仮装して原告との間でオートローン契約を結び、原告をして、真実売買がなされたものと誤信させたうえ、立替金等を詐取しようと計画し、
(一) 訴外菅野剛享(以下「菅野」という。)と共謀して、横浜自動車センターが訴外長島実(以下「長島」という。)に対し、昭和五六年六月九日、自動車一台(スカイラインジャパン)を代金一五〇万円で販売したことにして、右長島の名義により原告との間でオートローン契約を結び、同月一二日、原告から立替金及び取扱手数料として金一五九万円の交付を受け
(二) 訴外吉野良次(以下「吉野」という。)と共謀して
(1) マツウラ自販が訴外鎌田治美(以下「鎌田」という。)に対し、昭和五六年一二月一五日、自動車一台(クラウン)を代金一七〇万円で販売したことにして、右鎌田の名義により原告との間でオートローン契約を結び、同月一九日、原告から立替金及び取扱手数料として金一八三万六〇〇〇円の交付を受け
(2) マツウラ自販が訴外森光雄(以下「森」という。)に対し、昭和五六年一二月一七日、自動車一台(スカイラインターボ)を代金一五〇万円で販売したことにして、右森の名義により原告との間でオートローン契約を結び、同月二五日、原告から立替金及び取扱手数料として金一六二万円の交付を受け
(3) マツウラ自販が訴外佐々木吉直(以下「佐々木」という。)に対し、昭和五七年一月二七日、自動車一台(グロリア)を代金一二〇万円で販売したことにして、右佐々木の名義により原告との間でオートローン契約を結び、同年二月四日、原告から立替金及び取扱手数料として金一二九万六〇〇〇円の交付を受け
その結果、原告に対し、右立替金及び取扱手数料の合計金六三四万二〇〇〇円の損害を与えた。
よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として金四五二万七九〇〇円(前記損害額からその後返済を受けた金一八一万四一〇〇円を控除したもの)及びこれに対する不法行為時の後である昭和五七年二月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4の事実中、横浜自動車センターが長島に対し、またマツウラ自販が鎌田、森及び佐々木に対し、それぞれ原告主張の日に主張の自動車を販売するとともに、右長島ら購入者が原告との間でそれぞれオートローン契約を締結し、被告が原告からその主張の立替金及び取扱手数料を受領したことは認め、その余は否認する。右販売契約はいずれも真実なものであり、また被告が原告をだまして立替金等を詐取したことは全くない。
三 抗弁
いわゆるローン契約は、通常信販会社の加盟店を通じてローンの申込みがなされ、信販会社は、加盟店とは別個に独自の調査を遂げたうえ、ローンを承諾するか否かを決定するものであるところ、本件では僅かの調査によって商品が顧客の手元に渡っていないことが発見できたのに、原告会社の杜撰な調査の結果、顧客の債務不履行という事故を起こしたのであるから、原告側の過失は重大である。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
五 再抗弁
本件は、信販会社の顧客に対する調査の実態を十分知っている者が、その調査方法等の盲点を利用してなされた詐欺事案というべきものであって、いわば加害者が被害者の過失相殺を主張するのは信義則に反し、権利乱用というべきである。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実はすべて否認し、争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、進んで被告の不法行為責任の成否について以下検討することとする。
1 請求原因4の各事実中、それが真実かまたは仮装によるものかはともかくとして、横浜自動車センターが長島に対し、またマツウラ自販が鎌田、森及び佐々木に対し、それぞれ同4の(一)、(二)記載のとおり自動車を販売したとして、右購入者名義で原告との間にオートローン契約が締結されたうえ、被告が原告から立替金及び取扱手数料の交付を受けたことは当事者間に争いがない。
2 右当事者間に争いのない各事実に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和四二年ころ、横浜自動車センターの名称で、中古自動車の販売業を始め、同五六年五月一日会社組織にしてマツウラ自販を設立し、以来同社の代表者の地位にあるが、被告は、昭和四七年ころから原告をはじめとする数社の信販会社との間でいわゆるオートローン加盟店契約を結び、顧客のために右ローンを利用してきたところ、右のとおり途中で会社組織に変更したことから、被告は、昭和五六年六月一六日、右会社と原告との間で、改めて本件加盟店契約を締結したこと
(二) 被告は、昭和五六年六月ころ、かねて知り合いの貿易業を営んでいた菅野の紹介で、長島に対して請求原因4の(一)記載のとおり自動車を販売した旨の契約書を作成したうえ、同人の名義でオートローンを締結する手続を代行し、原告から立替金等を受領したが、車を引き渡す以前に菅野から都合が悪くなったので、キャンセルする旨いわれ、同人の求めに応じて立替金はそのまま菅野に手渡したこと、また、被告は、同年一二月から翌五七年一月にかけて、当時吉野スポーツ店を営んでいた吉野から、鎌田、森及び佐々木を紹介され、右菅野と同様、右鎌田らに対して請求原因4の(二)記載のとおり自動車を販売した旨の契約書を作成したうえ、同人らの名義でオートローン手続を代行して、原告から立替金等を一旦受け取ったものの、いずれもキャンセルされたことから、右吉野らの要請により受領済の立替金をそのまま手渡したものであるが、被告は、菅野のときも、吉野の場合においてもいずれも同人らがオートローンを利用して原告から立替金を出させたうえ、これを自己の資金繰り等に使用することを薄々知りながら、何ら異議を述べることなくオートローンの手続を代行し、また、販売対象の自動車がいまだ顧客に引き渡されていない段階での契約のキャンセルであることを十分知りながら、右菅野らの要求に応じて立替金をそのまま手渡したこと
以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
3 右認定事実を前提に考えると、被告は、知り合いの前記吉野や菅野の依頼に基づき、同人らに金融を得させる目的で、同人らの紹介した第三者が真実自動車を購入する意思がないのを知りながら、右第三者である前記長島らに自動車を販売した旨の契約書を作成したうえ、原告との間のオートローン契約設定のための諸手続を代行して履践し、原告から自動車購入代金の立替金及び取扱手数料を一旦受領したのち、右自動車購入契約が買い主によりキャンセルされたため販売代金を返還するとの名目で、右立替金を直接あるいは購入者を通じて右吉野らに取得させ、その結果、同人らに右金員を費消する便益を与えたものというべく、被告及び右吉野、菅野らの右各所為を全体的に観察すれば、単にオートローンを利用して自動車を購入し、その引渡しを受けた顧客がたまたまその後の突発的事情等により自動車を手放さざるを得なくなり、やむなく右購入契約を合意解除したり、あるいは購入先の自動車会社に車を売却処分したことから、結果的に顧客が購入代金(信販会社のすでに支払った立替金)の全部又はその一部を取得することになったような場合とは、同列に論じることはできないのであって、したがって、本件においては、被告の主張するような、オートローンを利用して自動車を購入した顧客がたまたま割賦金の支払が中途で頓挫したというような、単なる債務不履行責任の問題にとどまるものではなく、むしろ、被告は、吉野らが当初から自動車を購入する意思がなく、ただ原告から立替金を引き出すことのみを目的として第三者の名義を用いて架空の売買契約を仮装して原告との間でオートローン契約を締結する計画であることを知りながら、原告の加盟店としてこれを阻止するどころか、むしろ右計画の実行を容易にすべく行動し、その結果、予定どおりに同人らに立替金を取得させたという事案(なお、右第三者はいわゆる道具として利用されたものというべきところ、同人らが別途共同不法行為者として責任を問われるか否かは直接被告の責任の成否に影響を及ぼすものではない。)であって、もとよりオートローン契約の加盟店あるいは顧客が真実自動車を購入する意思がなく、あくまで金融を得るための手段として右オートローン契約を利用するものであることをあらかじめ知っていたならば、原告が右オートローン契約の締結を承諾しなかったことは明白であり、他に本件において被告らが金融の手段としてオートローン契約を利用することを原告があらかじめ了承していたとか、これを黙認していたというような特段の事情を認めるに足りる証拠もない。
そうすると、被告自身は、積極的に原告から立替金を引き出そうという意思まではなかったとしても、少なくとも吉野らの前記意図を十分知りながら、原告会社のオートローン取扱店として同人らの申し出を拒絶することもせず、むしろ同人らの計画に協力したものというのであるから、被告は、結局右吉野らとともに共同不法行為者として原告が被った損害を賠償すべき責任を免れることはできないというべきである。
なお、被告は、もともと原告の行う立替払契約の実体が金融そのものであるとして、被告らの違法性を争うようであるが、なるほど右立替払契約の果たす経済的機能のみに着目すれば、金融の一形態という側面があることは否定できないけれども、立替払契約と通常の消費貸借契約とは形式的にも全く別個のものであり、したがって右経済的機能の類似性から被告らの行為の違法性が阻却されるものでないことは明らかであり、また、本件において自己の名義を貸与した第三者らに対して別途立替払金等の請求が可能であるとしても、そのことは、被告らの不法行為責任の成否に何ら消長をきたすものでないことはいうまでもない。
以上の次第で、被告は、原告の被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。
そして、原告の被った損害額とは、結局被告らが金融を得る目的のみでオートローンを利用することをあらかじめ知っていれば、原告がオートローン契約を締結することはなかったのであるから、原告から被告に支払われた金額全体が損害になるものというべきところ、原告が被告に対し支払った立替金及び取扱手数料の合計額が金六三四万二〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。
三 そこで、次に抗弁について検討するに、本件全証拠を子細に検討するも、被告の損害賠償額を算定するにあたり、公平等の見地からみて特に考慮されなければならない原告側の過失や落度等は見当たらない。すなわち、本件は、すでに認定判断したとおり、背後の資金需要者が信販会社の支払う立替金を自己の資金繰り等本来の用途からかけ離れた目的に使うために名義貸与者を探し出し、同人の協力により真実購入する意思がないのに販売契約を締結したうえ、原告のオートローンの申込みをしたという事案であるから、通常の注意義務を尽くしただけでは空ローンであることを発見することは困難な状況にあったものというべきである。そうすると、結局被告の抗弁は採用の限りでないというべきである。
四 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 板垣千里)